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MIZUNO 明日は、きっと、できる。

モレリアプレイヤー

モレリアプレイヤー デニス・カニサ選手

いったいそのシューズは、どれほどの実戦を重ね、何度のリペアを繰り返してきたのだろう。

パラグアイ代表のデニス・カニサ選手が誇らしげに掲げた、汚れ傷ついた一足。
それは、ミズノが「本物」にこだわり続けて開発した特別なブランド「モレリア」である。

モレリアが誕生したのは、1985年のこと。開発のきっかけは、日本人として初めてブラジルでプロサッカー選手となった、ミズシマ・ムサシ選手との出会いだった。彼は言った。

「より軽く、より柔らかい、素足でボールを扱うような感覚のシューズが欲しい」

と。モレリア開発担当であった安井は、当時の様子をつぎのように振り返る。「世界のサッカーに対抗するためには、日本人選手もまず技術を身に付ける必要があります。その手助けになるようなサッカーシューズを作ろうと思ったんです。ムサシ選手の言葉をきっかけに」。

安井はまず、ソールの製法をダイレクト・インジェクション式より軽量化しやすいセメント式に代え、中底も不繊布を採用。素材には牛革より軽く足との一体感にも優れた最高級カンガルー革を使い、革の特性を考慮してアッパーのカッティングを絶妙にデザインした。さらに、サドルデザインや履き口にはカンガルー革でも最も柔らかい部分のみを厳選し、ホールド感・フィット感を限りなく追求。

まさにモレリアは、当時の最先端の技術ノウハウを惜しみなく注ぎ込み、
その完成度に徹底してこだわり抜いたシューズである

と言っても過言ではない。

当時MORELIAの歴史

モレリアとデニス・カニサ選手の出会い

このモレリアとデニス・カニサ選手の出会い。それは、チームメイトが使用していたモレリアを、たまたま自分で履いてみたことが始まりだった。彼は履いた瞬間、ぜひともこのシューズでプレイしたいと、直感的に感じたという。

「初めてミズノのシューズを履いたとき、
ほんとにこんなに履きやすいシューズはないと思った。
自分の足にフィットして、自分のプレイをサポートしてくれた。
それから僕はずっとミズノのシューズを履いているんだ」。

デニス・カニサ選手の盟友モレリア

以来モレリアは、彼のフットワークを支え続け、今日まで5年間、ともにフィールドを駆け抜けた。2010年の南アフリカでも、彼の足元には、もちろんこのモレリアがあった。とはいえプロのサッカー選手が使うシューズは、消耗もとくに激しい。長くて数ヶ月、場合によっては数試合しかもたないと言われている。実際、彼のシューズは所々に傷があり、革が剥げ、糸はほころび、幾度となく補修した跡がある。しかし、そのお世辞にもキレイとは言えないシューズを大事そうに手に取り、彼は目を細める。

「ぼろぼろに見えるかい? でもこれが僕にとって、最高の一足なんだ。
使うほどに足になじんでいくから、どれだけ古くなっても、このように補修しながら履き続ける。
もう、体の一部だね。200試合くらいは履いたんじゃないかな」。

彼はパラグアイ代表選手として100試合以上ものゲームに出場した名プレイヤー。決して貧しいわけではない。ではなぜ彼は新しいシューズに替えることなく、一足のシューズにこだわり続けたのか。この問いかけに、彼は屈託のない笑顔で答える。

“いいものは、いいからさ(good is good)”と。

「よくチームメイトにからかわれる。お前、いつシューズ買うんだって。でも、まったく気にならないよ。いまの僕のプレイがあるのも、このシューズのおかげだから」。

トッププロ選手の厳しい要求に応え、熱くハードなプレイを支え続けてきたミズノのモレリア。そして、ひとつのシューズに深い思い入れと感謝の気持ちを抱き続け、決して手放すことはなかったデニス・カニサ選手。

シューズの作り手とシューズを使うプレイヤー、
互いの根底に流れるのは、シューズを愛してリスペクトする心。

彼が現役を続ける限り、その足元には、長きにわたり激闘をともにしてきた盟友モレリアが、きっと輝いているに違いない。

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